哀しき帰巣

12月28日仕事納め
大きなバッグの中は要らない荷物
足に鉛を付けながら。
急ぐ振りをしてゆっくりゆっくりと駅に向かう。

体感温度が下がると
そこは自分を育てた故郷。
ぐねぐねと曲がるように支柱を乱立した土壌。

故郷は遠くにありて想うものだと
言った先人は正しいのだなぁと思いながらディーゼル車を降りると
凍った雪がガリガリとカートの車輪を止めた。

父上が聞く何度目かわからない仕事内容の問いと
母上ががなる毎度の事のお小言を頭上にやり過ごしながら
帰省ラッシュを枕詞に夢も見ず眠る炬燵の中。

私は此処にいたくないんです。
早く自分の城で電磁波を浴びながら煙草を片手にカシスオレンジを呑みたいのです。


餅つき
年越しそば
寺社への変わらぬ賽銭投げ
急かされ引いた御籤は小吉で
鬱々とした一年がまた始まる

18歳8ヶ月まで私の育った家は
出てから初めて気づいた大きな大きな檻でした
体当たりで飛び出そうとする度に
棘がぐさぐさと刺すのです
鋼鉄の処女っていう拷問器具のように
前後左右から抱きしめられては血を流す。

でも、内側に居る者には見えない。
棘が。棘が。棘が。

親戚への変わらぬ挨拶。
良い子、賢い子。親孝行。
そんな説明書を付けられたままな私を
叔父様叔母様は今年も笑う。

家を手伝いなさい。
家を継ぐ弟を助けなさい。
家の近くで働きなさい。
家には頻繁に帰ってきなさい。
そうやって我が家は成り立っているのだから。

孝行娘の免許を更新するべく
父上は講義を繰り返す。

もう二度と帰りません。
お婆様の位牌に毎回決意をするのに
盆暮れ正月
私は檻に入り
そして血を流して帰る。

駅への車に乗り振り返ると
美しき家族愛で成り立つ家
私の網膜には座敷牢にしか見えないのです。

散々毒づき薬の量が増えても
ピアスの孔がまた広がっても
また来たる盆には
また律儀に座敷牢に入り
棘にぐさぐさと刺さった
自分の血を舐めながら沈黙するのだろう




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